大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和46年(行ウ)15号 判決

原告 正木啓一郎

被告 左京税務署長・国

訴訟代理人 兵藤厚子 外七名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

1  被告左京税務署長が昭和四四年七月二八日付で原告の昭和四三年度分所得税についてした更正処分のうち総所得額金三、八七九、四二三円、税額金八六三、三〇〇円を超える部分はこれを取消す。

2  被告国は原告に対し金一、二五四、九〇〇円および内金一〇〇、〇〇〇円に対する昭和四四年一〇月一日から、内金三〇〇、〇〇〇円に対する同年一一月一日から、内金三〇〇、〇〇〇円に対する同年一二月一日から、内金三〇〇、〇〇〇円に対する昭和四五年一月一日から、内金一九五、二〇〇円に対する同年二月一日から、内金五九、七〇〇円に対する同年三月一日から、いずれも支払済にいたるまで日歩四銭の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第2項につき仮執行の宣言。

二  被告左京税務署長

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告国

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮に敗訴の場合は、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告はその昭和四三年度所得税について、被告税務署長の承認を得て青色申告書により法定期限内に左記のとおり申告し、納税した(納税総額八六三、三〇〇円、内申告納税額二八五、三〇〇円)。

(一) 雑所得     七五、〇〇〇円

(二) 給与所得 三、〇九七、二八〇円

(三) 譲渡所得   七〇七、一四三円

(四) 総所得  三 八七九、四二三円

(五) 所得税額   八六三、三〇〇円

2  ところが被告左京税務署長は、右(三)の譲渡の申告額は過少であるとして、金四、一九六、五三七円に更正し、これに伴い総所得額を金七、三六八、八一七円、所得税額を金二、四三一、三〇〇円に更正し、過少申告加算税金七八、四〇〇円の賦課を決定した。

3  原告は右更正処分に対し異議を申立て、ついで審査請求をしたところ、昭和四六年六月二九日国税不服審判所長は前記更正にかかる譲渡所得金額の一部を取り消し、金三、四四八、六一八円であるとし、これに伴い前記更正処分の総所得金額を金六、六二〇、八九八円に、税額を金二、〇五八、五〇〇円に、また過少申告加算税の額を五九、七〇〇円にそれぞれ、その一部を取り消す旨の裁決をなし、その旨原告に通知した。

4  被告国は被告税務署長の前記所得税賦課決定処分に基き、原告所有にかかる別紙物件目録第四記載の土地、建物(以下第四物件という)を差押えたので、原告は被告国に対し、昭和四四年九月三〇日金一〇〇、〇〇〇円、同年一〇月、一一月、一二月、翌四五年一月の各末日に金三〇〇、〇〇〇円づつ、同年二月末日に金三四六、四〇〇円合計金一、六四六、四〇〇円を納付した。

5  しかし昭和四三年度分の原告の所得は前記申告のとおりであり、本件更正処分には原告の所得を過大に認定した違法がある。しかるに被告国の公権力の行使に当る公務員である被告税務署長は、故意又は過失により、右違法な更正処分に基づいて原告に対し、本来納付義務の存しない所得税(原告申告の金八六三、三〇〇円を超える部分)の徴収を強行し、前記のとおり不動産を差し押え、公売処分を以て脅迫し、ついに前記のとおり原告をして金一、六四六、四〇〇円を被告国に支払わしめた。なお前記裁決による原処分の一部取消に伴い現在の過納額は金一、二五四、九〇〇円となつている。

6  原告は右違法処分により尽大な精神的打撃を蒙つたが、これに対しては少くも前記違法に徴収された税額の還付に止まらず、通常の過誤納の場合の還付加算金日歩二銭の二倍に相当する日歩四銭の割合による遅延損害金を得て慰藉さるべきが相当である。

7  そこで原告は、被告左京税務署長に対し本件更正処分(前記裁決により取消された部分を除く)のうち原告申告額を超える部分の取消を求め、被告国に対しては国家賠償法第一条に従い、前記違法徴収にかかる過納税金の還付とその納付の日の翌日から支払済まで前記割合による遅延損害金の支払いを求める。

8  なお本訴における被告ら指定代理人には代理権がないから本訴において被告らは不出頭として扱われるべきである。

すなわち、右指定代理人らはいずれも「国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律」(以下法務大臣権限法という)に基き、法務大臣又は被告左京税務署長から指定されたものであるが、右法律に基く指定代理人が民事訴訟法第七九条前段の「法令に依り裁判上の行為を為すことを得る代理人」に該当するかどうかについては疑義があり、もしこの指定代理人が無制限にこれに該当すると解するときは、前記法務大臣権限法は憲法に違反するものとなる。何となれば、国又は行政官庁が訴訟当事者となつた場合であつても、法の下の平等を定める憲法第一四条の趣旨からすれば、一般国民と同様に律されるべきであるが、右のように法務大臣権限法で法曹資格を有しない者についても無制限に訴訟代理権を与えられるとすると、一流の大会社でも弁護士でない社員を指定し訴訟代理人とすることを禁じていることと対比し、いかにも不平等であり憲法に違反するものといわざるをえない。

二  請求原因に対する答弁

1  第1ないし第4項は認める。第5項中、原告主張の差押がなされたこと、原告が主張のとおり租税を納付したことは認めるが、その余の事実は否認する。第6項は否認する。

2  第8項は否認する。

法務大臣権限法は国の利害に関係のある訴訟を円滑迅速に実施し、もつて国の正当な利益の擁護をはかる趣旨のもとに、憲法の下において制定されたものであつて何ら憲法に違反するものではない。

従つて右法律に基き指定された被告ら指定代理人はいずれも代理権を有するものである。

三  抗弁

1  原告の昭和四三年度分の所得金額および税額は次のとおりである。

(一) 雑所得金額     七五、〇〇〇円(申告どおり)

(二) 給与所得金額 三、〇九七、二八〇円(申告どおり)

(三) 譲渡所得金額 三、四四八、六一八円

(四) 総所得金額  六、六二〇、八九八円

(五) 所得税額   二、〇五八、五〇〇円

2  右のうち(三)譲渡所得金額の算出根拠は次のとおりである。

(一) 譲渡した物件

(1) 別紙物件目録第一記載の土地(以下第一物件という)。

(2) 同目録第二記載の土地(以下第二物件という)。

(二) 譲渡所得の計算

(1) 第一物件譲渡益

収入金額       五、九四〇、二六〇円

必要経費       四、二二六、〇七三円

譲渡益        一、七一四、一八七円

(2) 第二物件譲渡益

収入金額       七、五〇〇、〇〇〇円

必要経費       二、〇一七、〇五〇円

譲渡益        五、四八二、九五〇円

(3) 譲渡益合計   七、一九七、一三七円

(4) 譲渡所得の特別控除額

三〇〇、〇〇〇円

(5) 譲渡所得の金額 三、四四八、六一八円

{((3)―(4))×1/2}

3  本件更正処分の理由

原告は第二物件は、昭和四四年法律第一五号による改正前の租税特別措置法(以下措置法という)第三八条の六に規定する事業用資産であり、かつその譲渡収入を超える価額で買換資産(後出の第三物件)を取得し、それを事業の用に供しているから、第二物件については同条による譲渡所得金額の特例計算が認められるとして、当該譲渡に係る資産の譲渡がなかつたものとし第一物件にかかる譲渡所得金七〇七、一四三円のみを申告したものであるが、被告税務署長は第二物件は措置法第三八条の六にいう事業用資産にはあたらないとしてその譲渡収入を譲渡所得に算入し、第一物件にかかる譲渡所得も増額し本件更正処分に及んだものである。原告の審査請求に伴い、国税不服審判所長は右更正処分のうち第一物件にかかる譲渡所得の増額分と第二物件にかかる譲渡所得の一部を取り消したものである。

四  抗弁に対する原告の答弁並に再抗弁

1  答弁

第1項中(一)、(二)を認め、その余を争う。第2項中第一物件についての譲渡の事実、その収入金額、必要経費、譲渡益の額は認めるがその余及び第3項は争う。但し第二物件の譲渡の事実、その収入金額は認める。

2  再抗弁、第二物件の譲渡については措置法第三八条の六の適用を受ける。

(1) 原告は第二物件を昭和四三年中に代金七、五〇〇、〇〇〇円で他に売却し、同年中に別紙物件目録第三記載の物件(以下第三物件という)を買換資産として代金一二、六二五、五六〇円で取得した。

(2) 原告はその所有に係る前記第二ないし第四物件を訴外株式会社正木(以下訴外会社という)のために同会社の中小企業金融公庫その他の金融機関に対する債務の担保として提供し、別表のとおり、いずれも訴外会社を債務者とする抵当権を設定し、その登記を経た。

原告は右担保提供の対価として訴外会社から昭和四三年中に金七五、〇〇〇円、昭和四四年中に金一二〇、〇〇〇円、昭和四五年中に金一二四、〇〇〇円を収受したが、右は農地の耕作料に比してもなお相当に高額であつて、毎年継続して取得することができるのであるから、原告はその資産を反覆、継続して担保に供し、相当な対価を得て物上保証をなすことを業とする信用保証的事業をしていた者であるといえる。

従つて、第二、第三物件はいずれも原告の右事業の用に供される資産であるから、前記措置法第三八条の六に該当する。

(3) 仮に右主張が容れられないとしても、原告は右のとおり訴外会社が金融機関に対して負担する債務について、その所有する前記物件を別表のとおり担保に供し、相当な対価を得ていたのであるから、右行為は措置法施行令第二五条の六(昭和四四年政令第八六号改正前)にいう「事業と称するにいたらない不動産又は船舶の貸付けその他これに類似する行為で相当の対価を得て継続的に行う場合」に該当し、右物件は措置法第三八条の六にいわゆる事業用資産にあたることは明らかである。

4  従つて、原告の第二物件の譲渡については措置法第三八条の六の特例計算が認められるべきであり、右物件に関する譲渡所得はないことになる。

五  右再抗弁に対する被告らの答弁

措置法第三八条の六の「事業の用に供されている資産」といいうるためには、右法条の立法趣旨等からみて、当該資産が継続して用益的に利用され、右利用形態が一般社会通念上、事業あるいは事業に準するものと認められる必要があるが、本件の如き利用は右に含まれず、措置法第三八条の六の適用はないのである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告は被告等の指定代理人には代理権がない旨主張しているので、先ずこの点につき判断する。

当裁判所に提出された指定書によれば、本訴における被告等の指定代理人等はいずれも法務大臣権限法に基づき、法務大臣または被告左京税務署長により、被告等のため本件訴訟を行なう職員に指定されたものであることが認められる。そしてこの指定代理人が民訴法第七九条の法令により裁判上の行為をなすことを得る代理人に該ることは疑がない。

原告は、一流の大会社でも弁護士でない社員を指定し訴訟代理人とすることを禁じている現行法制下では、右法務大臣権限法は著しく不平等であり憲法第一四条に違反する旨主張している。

しかし、国あるいは行政庁は常時多数の訴訟を擁し、その種類は多岐にわたり、内容も複雑なものが多い。そしてこれら訴訟はその性質上、一般の私人の場合以上に迅速かつ適正に遂行することを要求されるのである。これがため前記法務大臣権限法は、法務大臣所部の職員および法曹資格を有さなくとも各事件についてその内容に精通している当該行政庁の職員を指定代理人として訴訟を担当させ、訴訟を円滑、迅速に進行せしめようとしたのである。

国以外の場合においても、支配人(商法第三八条)、船長(同第七一三条)、農業協同組合の参事(農協法第四二条第三項)等、法曹資格を有さない者が訴訟上代理権を認められることがあるのであり、前述のような必要性に基き、法曹資格のない者にも訴訟代理権を与える指定代理人の制度を設けたからといつて、これをもつて国を不当に有利に取り扱うものであるということはできない。

従つて、法務大臣権限法が憲法に違反する旨の原告の主張は採用することはできない。

二  請求原因第1ないし第3項は当事者間に争いがない。

すると、本件更正処分にかかる原告の係争年分の所得金額のうち、雑所得および給与所得の金額は申告額どおりであつて、争いのあるのは譲渡所得の金額のみである。

被告らの抗弁のうち原告が係争年中に第一物件および第二物件を譲渡したこと、第一物件の譲渡による収入金額、必要経費、譲渡益、第二物件の譲渡による収入金額がそれぞれ被告の主張額であることは当事者間に争いがなく、原告は再抗弁として、右第二物件の譲渡には措置法第三八条の六(事業用資産の買換の特例)の適用があり、その譲渡収入は譲渡所得に算入されない旨主張しているので、この点につき判断する。

1  成立に争いがない甲第九ないし第一五号証によれば、原告がその所有にかかる第二ないし第四物件について、物上保証による信用供与をしたと云うのは別表記載のとおり、いずれも訴外株式会社正木(以下訴外会社という)を債務者とする抵当権設定登記のみであることが認められる。

2  原告は右各抵当権設定の対価(担保提供料)として訴外会社より、昭和四三年分金七五、〇〇〇円、昭和四四年分金一二〇、〇〇〇円、昭和四五年分金一二四、〇〇〇円を収受しており、同人は担保提供を業としていた者である旨主張している。

3  ところで所得税法上、事業とは当該行為が反覆継続して行なわれ、一般社会通念上事業と認められるに至つたものをいうのであるから、担保提供行為が事業としてなされているか否かは、担保提供の回数、相手方、提供料の額等諸般の事情を総合的に考慮して判断さるべきであるところ、本件に於ては前認定のとおり原告が担保を提供して信用を得せしめた相手方は訴外会社のみであり、その対価も原告主張のとおりであるとしても年間金七五、〇〇〇円から金一二四、〇〇〇円程度にすぎず、しかも弁論の全趣旨によれば原告は訴外会社の役員をしているものと認められるのであるから、これらの事情を考慮すると、原告は自己が役員をしている訴外会社の資金調達等のために自己の資産を担保として提供したにすぎないものであつて、いまだこれを事業として行つていたものとは認め難い。

4  原告は事業と云えなくとも右担保提供行為は昭和四四年政令第八六号による改正前の租税特別措置法施行令第二五条の六第一項にいう「事業と称するにいたらない不動産又は船舶の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行なうもの」に該当する旨主張している。

しかし、右施行令の「不動産の貸付けその他これに類する行為」とは、第三者の為に当該不動産に対する用益的権利を設定し、その対価を得る行為を意味すると解すべきところ、本件のごとく第三者の為に担保に供する場合は、当該第三者は不動産上に何ら用益的権利を有さないのであるから、右「不動産の貸付けその他これに類する行為」には含まれないものといわなければならない。

5  以上のとおり第二物件の譲渡について措置法第三八条の六の適用があるとの原告の再抗弁は採用できないから、第二物件の譲渡益は、同人の譲渡所得に算入さるべきである。第二物件の譲渡価額が金七、五〇〇、〇〇〇円であることは前記のとおり争いがなく、右譲渡の必要経費が金二、〇一七、〇五〇円であることを原告は明らかに争われないからこれを自白したものとみなす。すると、原告の係争年度の譲渡所得の金額は、被告の抗弁2記載のとおり金三、四四八、六一八円となる。

三  右譲渡所得金額に前記の雑所得および給与所得の金額を加えると原告の係争年度の総所得金額は金六、六二〇、八九八円となる。成立に争いのない甲第一号証によれば、原告は所得金額から差し引かれる金額として金六四四、〇四〇円を申告しているから、右総所得金額からこれを差し引き、それに対する税額を計算すると金二、〇五八、五〇〇円となる。

原告の申告税額は金八六三、三〇〇円であるから、右税額よりも金一、一九五、〇〇〇円(千以下切捨)減少であつて、過少申告加算税額は金五九、七〇〇円となる。

すると裁決により一部取消後の本件更正処分および過少申告加算税賦課決定処分はいずれも右認定の額と一致するから、適法であつて、右取消を求める原告の請求は理由がない。

四  また本件更正処分および過少申告加算税賦課決定処分が違法であることを前提とする原告の被告国に対する請求も、右各処分が適法であると認められる以上、その余の点について判断するまでもなく失当である。

五  よつて原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の点について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林義雄 富川秀秋 房村精一)

(別紙)

別紙物件目録

第一亀岡市篠町森所在

宅地 四九五坪三勺

第二京都市伏見区深草大亀谷六躰町五番地二

宅地 七七〇・二四平方米

第三京都市東山区山科御陵封ジ山町二番地九七

宅地  一〇五・〇六平方米

同所二番地一〇八

宅地  三八・四二平方米

同所二番地一二三

宅地 二二三・四二平方米

同所二番地一二四

宅地  四二・三一平方米

第四京都市左京区下鴨梅ノ木町六二番地一

宅地  四三坪六合六勺

同所同番地

木造瓦葺二階建

居宅 延三九坪七合

別表

一 第二物件について

昭和四二年九月一三日設定契約、同月二三日抵当権設定登記

債権額  金七五〇万円

債務者  株式会社正木

抵当権者 中小企業金融公庫

二 第三物件について

昭和四四年九月二六日設定契約、同月二七日根抵当権設定登記

元本極度額 金七四〇万円

債務者   株式会社正木

抵当権者  京都信用金庫

三 第四物件について

昭和四二年七月三一日設定契約、同年八月一五日根抵当権設定登記

元本極度額 金五〇〇万円

債務者   株式会社正木

抵当権者  株式会社三和銀行

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例